彼女の思いは 八ヶ岳のロマンス 

投稿日 2017年12月07日

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当時のギボシからの赤岳 手前は旭岳

 

私はその頃神戸に住んでいた。

 

それまでの東京勤務から大阪に転勤を命じられ、神戸から通うことにしたのだった。

 

素直に大阪の実家に戻らなかったのは、その頃まだ姉が嫁ぐ前で、部屋を占有されていたからだった.... というのは親への口実だが、実は神戸に住んでみたかったのだ。

 

安アパートは神戸でも高い場所、六甲山の山懐にあった。

六甲の登山口まで歩いて行けるくらい高いところだ。

御影(みかげ)駅からバスがうなりを上げて登って行くと、耳がツンとなった。

アパートの窓からは百万ドルの夜景が広がっていた。

 

ある日、ひとかかえくらいのダンボール箱がふたつ届いた。

沖縄からだった。

 

東京に居た頃、付き合っていた彼女が沖縄に帰ってしまった。

私はそれきりと思っていたので、びっくりした。

 

数日後、何の連絡もなく彼女はやってきた。

住所を頼りに、はるばる沖縄から。

 

かくして同棲生活は始まった.... いや計3日泊まっただけだが。

 

東京に居て登り残した八ヶ岳に登りたいというのだ。

 

ダンボール箱の中身は登山用具や衣類だったのだ。

 

我々は稲子湯からシラビソ小屋、天狗岳、硫黄岳、横岳、赤岳、権現岳、小淵沢と、いわゆる八ヶ岳南部を縦走した。

テント2泊の山旅だった。

 

今でも忘れられない八ヶ岳縦走になった。

 

彼女は私より2才年上だった。

東京の本社に居た頃、私より少し遅れてタイムカードを押す彼女の姿が目にとまり、やがて一緒に山に登るようになった。

 

もし彼女と一緒になったら、沖縄でぶっ倒れるまで、泡盛を飲まされるんではないかと、心配していた私をよそ目に、彼女は突然沖縄帰りを決めた。

 

いろいろ思い巡らすことがあったのだろう。

私が幼すぎたのだと思う。

 

あの八ヶ岳行きは彼女にとって何だったんだろうと今も考える。

私を気持ちを感じ取れない冷たい男と思ったに違いない。

 

いまでも連絡がついたら、あの頃のことを謝りたい。

せめてこのブログを彼女に捧げて。

 

......

 

 

ふたりは仲が良かった

きみはいつも、わたしの前ではしゃいで見せた

ドングリが転がってると言って、

リスが木の幹をくるくる走ったと言って

いつもそんなきみの横顔を見ていた

涙が光っていたことに気付かずに

 

不思議な巡り合わせ

遠くから来たふたりは、ここで偶然に出逢った

遊園地にもよく出かけたよね

夕暮れの海岸をふたりで歩いたりもね

いつも君の手を握って離さなかった

いつもうつむいているきみに気付かずに

 

そのときはやってきた

突然のことで、どうしていいか分からなかった

セーターの似合うきみを探した

以前の待ち合わせ場所で待ってもみた

やがてわたしに届いた遠くからの手紙

楽しかったことがつづられているだけだった

 

再会の日はやってきた

なぜきみがここにやってきたのかわからないまま

登りたいと言うから山に行った

見たいと言うから海にも出かけた

なにも気付かないまま時間が過ぎていった

そしてなにもないまま、再会はあっけなく終わった

もう間に合わないけど、幼かった私を許してほしい

 

 

久しぶりに、ショパン ピアノ協奏曲第一番 第二楽章(ロマンス)でも聴いてみるか。

 

 

 

 

(熊五郎)

コメント(2)

  • わかりあっているようで、わからない。そんなものかも。 (agewisdom) 2017/12/7(木) 午後 9:00

  • > agewisdomさん 山しか見えてなかったようです。(熊五郎) 2017/12/9(土) 午前 10:22