峠考 地蔵峠 秩父群大滝村大滝 - 秩父郡大滝村三峰

投稿日 2021年01月14日

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大久根 茂著 さきたま双書

峠 秩父への道 平成7年4月30日 初版第1刷発行

 

今回から「峠考」を開設しました。(すでに投稿済みの「魚尾道峠」2題を含みます) 主に関東周辺の峠や山道、林道などを取り上げ、登ったことのある峠はその峠で受けた印象や、現地の様子、また、調べてわかったこと、歴史、現地の人々とその峠との関わりなど、わかる限り書いて見たいと思います。

内容は私の主観的なものを超えませんが、その峠の雰囲気が伝わり、行って見たいなと思っていただければ書いた甲斐があります。私が行ったことのない峠については、ネットや書物で知った情報が主になりますが、自分なりの地形の解釈や想像なども含めたいと思います。

​手始めにここしばらくは上の写真にある大久根 茂氏の「峠 秩父への道」に取り上げられている峠から始めます。この本はタイトルの「秩父への道」から分かりますが秩父を取り囲む峠を取り上げています。秩父は盆地であるためその周囲には外とを結ぶ峠が下図のように多くあります。今回はその中の「地蔵峠」です。

秩父外周部の峠の位置関係

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地蔵峠(じぞうとうげ)

 

埼玉県秩父郡大滝村大滝と同秩父郡大滝村三峰を結ぶ峠です。峠の位置としては少し異例で、峠のイメージである山と山の鞍部ではなく、霧藻ヶ峰の山頂直下にある三叉路の峠です。大血川側の大日向山 大陽寺への道。三峰神社への道。そして霧藻ヶ峰、雲取山方面への道がここで合わさります。この峠に立った場合、大陽寺方面と三峰神社方面は下り。霧藻ヶ峰方面はやや登りです。霧藻ヶ峰には5分ほどで着きます。

 

名前のとおり峠にはお地蔵様があります。小さなお堂の中に、赤い前掛けを掛けたかわいい地蔵が立っています。峠に地蔵などが置かれたのは江戸時代中期くらい以降と思いますが、地蔵を置く理由は、人の往来が多い路傍に安全を願って道しるべ代わりに置かれたとか、近くで亡くなった人の供養であるとかいろいろだと思います。いずれにせよ、この地蔵がこの三叉路の目印になっていることは間違いありません。地蔵のそばの木の根元に傾いた大正十一年の石碑があり「右ハ雲取山を超へ北都留郡、西多摩郡へ至ル、左ハ大日向山旧道 後ハ三峰神社ヘ至ル」と刻まれています。

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さて、この地蔵峠が特異な位置にある理由は、どうやら大陽寺と三峰神社との位置関係にありそうです。位置からしてどれほど地元の生活のために使われたのかなと疑問に思っていましたが、その理由はお寺めぐりにあったようです。

国道140号を秩父鉄道の三峰口駅の近くを通過してなおしばらく走ると左の谷合いに入る道があって、その傍らに大陽寺の大きな石碑が建っています。そこから大陽寺の入り口まで林道が4kmくらいあります。参道の一部でしょうか。その4kmを歩く(三峰口駅からタクシーの場合3000円くらい)と、狭い谷あいに渓流釣り場があります。ニジマスが面白いように釣れます。その釣り場の前に大きな石灯篭があって石段で始まる旧参道が奥へと延びています。

関東の女人高野と呼ばれた古刹大陽寺の旧参道は歩くによい雰囲気で、釣り場からの標高差300mくらい、自然林の中を登ります。林道を車で行くことも出来ますが、ここは歩いて訪れるべきでしょう。道の傍らに並ぶ女人講中の石仏を拝みながら登るとやがて水平になった道の奥に仁王門があります。いつ訪れても誰もいない寺というイメージ。静寂な中、暗いお堂に閻魔の目がギョロリ。聞こえるのは野鳥の声ばかりです。

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寺から上は林道を3回ばかりまたいで、自然林の中を登って行きます。霧藻ヶ峰というくらい、霧が巻きやすいのかこの日もガスの中に樹木が遠近感をかもし出して立っています。ふと見ると小さなお堂に小さな地蔵様。そう地蔵峠に着いたのです。山の鞍部ではなくその先にあるピーク霧藻ヶ峰の手前の一角です。左にとって霧藻ヶ峰に寄ったあと、戻ってきて三峰神社へ向かいました。

「峠 秩父への道」によれば三峰神社や陽寺は秩父三十四ヶ所霊場参り巡礼者が巡礼コースに含めるケースが多かったようで、そのときこの地蔵峠が利用されたようです。三十番札所法雲寺のあと、大陽寺、三峰神社へと詣でて、小鹿野の三十一番札所観音院へと辿るモデル・コースが巡礼手引きに載っていたのでしょう。巡礼者が雲取山方面に迷い込まないよう地蔵を置いて、道標もあったに違いありません。おそらく古い道標は失われ、前述の石碑を大正時代に新しく設置したという感じでしょうか。

この峠から雲取山方面へは多少距離がありアップダウンも大きい道です。雲取方面へ向かうのは今ではほとんどが登山者でしょう。昔はどうかわかりませんが、今は霧藻ヶ峰をパスするトラバース道があり、大陽寺から登ってきた登山者は雲取側のお清平に直接出ることができます。その場合は当然地蔵峠は通過しません。いずれにせよもし地蔵峠から雲取方面に向かう場合は、東京都の背綾に出るまでは左も右も深い谷ですから歩き続けなければなりません。背綾に出れば奥多摩に下りることが出たでしょう。ただ秩父の人がわざわざこのルートを使うとは思えず、浦山の奥から仙元峠を越えたと考えるほうが妥当という気がします。ただ浦山は近寄りがたい悪渓だったとも聞きますが。

​雲取山にたどり着いてから甲州方面に出るとすればどのようなルートでしょうか。先の石碑に「北都留郡へ」とある以上、行って行けないことは無かったのでしょうが、かなりの距離です。荷運びの人が山中で夜を明かすというのはあまり聞きません。

地蔵峠から三峰神社へは淡々と下ります。尾根筋ですが、途中東側に派生した岩稜である妙法ヶ岳の先にある三峰神社奥の院に寄り、そのあと三峰神社の拝殿に詣でて大輪に下ります。

 

「山霧の 流るるを見る 地蔵かな」

​(雅熊)