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橘寺西門付近から西方の眺め

左が金剛山、右が葛城山、中央は水越峠

 

 

先日(11月26日)奈良県明日香村の橘寺(たちばなでら)を訪れた。

 

厩戸御子(うまやどのみこ 聖徳太子)のご生誕地の寺で、正式には「仏頭山上宮皇院菩薩寺」という。天台宗の寺院だ。境内の説明板によると、太子生誕は「西暦572年 敏達天皇一年 於 橘島宮」となっている。仏教の伝来が西暦538年とされているので、その頃ねって感じ。古墳時代も終わって、ステータスシンボルを古墳から仏教寺院にもとめた、その頃か?

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仏頭山上宮皇院菩薩寺(橘寺) 東門方向を見る

右に本堂、左は観音堂

 

この寺には西門と東門があり、西門の近くに駐車場がある。

 

今回はその駐車場に車を置き、電線などがなるべく入らないように、少し農道に入って(寺から少し離れて)から撮ってみた。

 

橘寺からの西方、つまり大阪方向の眺めだ。

 

悠々たる姿の二山は、左が金剛山(こんごうさん) 標高1125m、右が葛城山(かつらぎさん) 標高959mだ。

実家が大阪の私にとっては、いつも大阪側から眺めていた山で、中学校の耐寒訓練が金剛山で行われたし、葛城山にも数回登った。ちなみに金剛山は大阪府の最高峰である。

 

左の金剛山の手前の丘は「束明神古墳」等がある小高い丘で、手前の民家の上の緑は、定林寺跡のある丘ではないかと思う。

 

右の葛城山の右下の小山は「貝吹山」。その手前の緑の丘は「欽明天皇陵」(きんめいてんのうりょう)。その左の緑は「岩屋山古墳」(いわややまこふん)。それらの手前に学校の校舎が見える。

 

写っている農村風景は、関東のそれと少し違う感じがすると思う。

 

関西生まれの私にはとても懐かしい風景で、大阪の河内、和泉、そして奈良の農村風景は一種独特のものを感じる。

 

田畑の作り方も微妙に違うようだし、家棟の造り、重厚感などが微妙に異なり、地形の凹凸や古墳の緑などがハーモニーを奏でる。なにもここだけが特別なものではないが、特に明日香村辺りは、私の心になじむ。

 

私の妻は、車の中から風景を見ながら、関東と違うねぇ。と、何度も言っていた。

 

ところで、

 

金剛山と葛城山の間の峠(写真では中央のへこんだところ)は、水越峠(みずこしとうげ)という。ここには奈良県御所市(ごせし)と、大阪府千早赤坂村(ちはやあかさかむら)と結ぶ古くからの道がある。つまり二山の向こうは大阪府である。

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奈良県側から大阪府側に沢が越えている。だから水越峠?

 

 

ネットで調べてみると水越峠は古くから奈良側の村と大阪の千早赤阪村の間で水問題があったようだ。水越峠付近から流れ出る沢水がどちらの田んぼのものかというのである。

 

そこで水越峠付近の地形を調べてみたら、面白いことに奈良県側で湧出した沢水が峠付近を越えて大阪の千早赤坂村側に流れている。そこは、奈良県側の水越川の源流でもあるのだ。ひじょうに微妙な地形である。少しの工事で奈良側に沢水を導くことが可能であったようだ。(昔の村界がどのようになっていたかは分からないが) 水問題が起こるのも無理はなさそうだ。一度訪れて確かめてみても面白いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

(熊五郎)

 

コメント(2)

  • 今でも違いますか。私は父の転勤で関西にいったとき民家の作りなどにそれを感じました。 2017/12/5(火) 午後 0:41

  • > agewisdomさん 新興住宅地はどこでも同じですが、昔ながらの里はどこも同じものはないと言っていいと思います。新幹線に乗っているとよく分かります。上越は上越、近江は近江、あまり広範囲のことは分かりませんが、それぞれによいかと。(熊五郎) 2017/12/5(火) 午後 0:52