「愛明」 AIMEI はいかが

投稿日 2017年12月04日

 

11月27日 今回3度目になる奈良 吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)を義姉、妻と訪れた。

 

幼い頃、母に手を引かれて訪れたことがあるので、私自身は4度目になる。

 

吉野は私の心のふるさとであり、金峯山寺蔵王堂(ざおうどう)の「金剛蔵王権現」(こんごうざおうごんげん)は私の守護神と勝手に思っているので、吉野に対する思い入れは非常に強い。

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金峯山寺蔵王堂と愛染堂(右端)

蔵王堂は木造建築としては、東大寺大仏殿の次に大きい

 

 

今回の吉野は、実家の義姉を招待することも兼ねていた。大阪に居ながら奈良や京都の観光をあまりしたことがないというので、一泊の旅に招待したわけである。

 

日程は11月27日に設定した。残念ながらこの日は金剛蔵王権現のご開帳はないので、権現のお顔は拝めないが、午後1時から金峯山寺境内にある愛染堂の大祭がある。

 

大阪の実家を8時に出発し10時ごろ吉野に着いて、まず11時に蔵王堂で行われる「長日祈願護摩供」に護摩木を申し込んで参加した。この護摩供は毎日11時から修法されている。約1時間の護摩供である。

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吉野山概念図(省略図)

 

 

1時からの愛染堂大祭まで時間があるので、金峯山寺前の食堂「やっこ」で柿の葉寿司をいただいた。これで胃袋の中も吉野である。

 

愛染堂大祭では吉野の各寺院の僧侶が、ホラ貝とともに入場された。堂内での護摩供とともに、読経が行われた。参加は自由だが、護摩木を申し込んで参列した。焼香のあとお札をいただいた。

 

愛染堂には「愛染明王」(あいぜんみょうおう)が祭られている。不動明王と対をなす仏様とのことで、愛染様もお顔は怖い。6本ある腕には弓矢を持っておられる。弓矢は悪しき煩悩を射抜くという意味らしいが、愛染という名前と、弓矢をキューピットとみなして恋愛成就の仏として崇拝されていると聞く。

 

大祭の後、宿に入るまでに時間があったので、途中の「吉水神社」(よしみずじんじゃ)に寄った。偶然、幼い頃母と眺めた桜の展望所が、吉水神社にあることを知った。「一目千本」というその展望所は、吉水神社の境内への入口手前のちょっとした広場だが、樹間から中千本、上千本の桜を眺めることができる。長い間どこからか分からなかった眺めが、ここからであることがわかった瞬間は感激し、傍に母を感じた。

 

宿は上千本にある「桜美荘たいら」を予約しておいた。昨年と同じである。吉野美人の女将が迎えてくれた。義姉も大層気に入ってくれた。

 

翌日、女将に奥千本の桜の植樹地域を案内してもらった。吉野の最上部で、「金峯神社」(きんぷじんじゃ)があって、そこから大峰、熊野に向かって「奥駆道」(おくがけみち)が続いている。「山上ヶ岳へ」と刻まれた石標を見たときは感激した。

 

奥千本の桜は多くが枯れたので、献木を募って、今盛んに植樹が行われている。宿の女将は「22世紀吉野の桜を愛でる会」の理事をされている。わたしも献木をお願いした。

 

宿を離れ、途中、「如意輪寺」(にょいりんじ)に寄った。如意輪寺は後醍醐天皇の陵墓があることでも有名だ。南北朝時代に後醍醐天皇が吉野の地を行宮とされた歴史的な土地だが、天皇は吉野で崩御された。

 

ここでも午後から護摩供が行われるとのことで、護摩木を申し込んだ。ちょうど餅つきが行われ、参拝者にぜんざいがふるまわれていた。ご相伴にあずかったのは言うまでもない。

 

車中、新しい天皇の即位による改元のニュースが流れていた。どうか仏の慈悲と人々の愛に満ちた世の中になってほしいものと願い、新元号は「愛明」というのはどうかと、考えながら帰途に着いた。

 

 

 

(熊五郎)   

 

コメント(2)

  • いいですね。何になるかなあ。私は仏心あまりないけれど、明るい感じがいい。 2017/12/4(月) 午前 9:14

  • > agewisdomさん 元号が代わって、憎しみのない明るい世の中になってほしいものです。(熊五郎) 2017/12/4(月) 午前 9:18