在りし日の叶山の姿とは

投稿日 2016年07月01日

日本国内で唯一100%自給できる鉱物「石灰岩」。

 

国内には多くの石灰鉱山があるが、その中でも登山者の目にとまる鉱山のひとつが「叶山鉱山」だ。

 

ナイフで切られたチャーシューの塊のように、上部がスッパリと切り取られた叶山(かのうさん)。現在でも日々セメントの材料に姿を変えている。下の写真のように隣の二子山から叶山鉱山の様子が好く見える。

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二子山から、削られた叶山(南東面)を眺める

向こう側の谷合が神ヶ原

2011年5月21日撮影

 

場所は現群馬県神流町神ヶ原(かがはら)。神流川が流れるのどかな山里だ。

 

採掘された石灰岩は細かく粉砕されて、地下のベルトコンベアによって約23kmも離れた埼玉県秩父市の秩父太平洋セメント工場まで運ばれている。(参考リンク3,4)

 

秩父と言えば同じ石灰岩の山「武甲山」が有名で、こちらも削られ続けているが、山頂部を残して、遠目には山の形を留めている。登山も可能で、山頂の神社に詣でることもできる。

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神ヶ原から 上部がスッパリ切り取られた叶山(北面)

右のピークはP704

手前の川は神流川

2010年6月7日撮影

 

 

しかし叶山は上部がスッパリ切り取られ、もはや昔どのような形の山であったかはわからない。山体がすべて無くなった訳ではないが、標高1106.3mの山頂はすでに無く、今では標高950mあたりまでほぼ水平に削られている。山頂から150mほど削られたことになる。

 

叶山鉱山の操業開始は昭和59年であるから、山の姿を留めていたのはそんなに昔のことではない。自宅に保管している地図を引っ張り出して、その変化を調べてみた。

 

国土地理院 2万5千分の1「両神山」の新旧2つの地図

 

地図1: 昭和48年測量(空中写真 昭和47年 現地調査 昭和48年)昭和50年発行

 

地図2: 昭和48年測量 平成8年修正測量(空中写真 平成7年 現地調査 平成8年)

    平成13年部分修正測量 平成15年発行

 

叶山の削られる前と後の等高線での姿だ。

 

(現在も削られ続けているのだが、下の平成15年発行の地図と、現在の国土地理院電子国土地図とは大きな差が無いため現在の地図はここに上げていない。)

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(地図1) 昭和50年発行 国土地理院 1/25000 地図より

削られる前の叶山

二子山から出ている破線は、魚尾道峠から神流川魚尾に至る古道

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(地図2)平成15年発行 国土地理院 1/25000 地図より

削られつつある叶山

地図上でもほぼ水平の台地上になっているのがわかる

 

叶山の標高は1106.3mだった。右端の標高846mの岩塔は円岩(まどかいわ?)または丸岩と呼ばれるようだが、今でも残っている。叶山本体からベルトコンベヤで搬出した石灰岩は、この円岩との間の谷合の小平地(貯鉱場とされている)に一旦貯められ、再びベルトコンベヤに乗せられて秩父市まで運ばれている。

 

この円岩と叶山本体東端部との間の小平地を「叶後」(かのうじろ)といい、昔二軒ほどの民家があったようだ。また、叶山本体東端部と円岩の境目は巨大なキレットとなっており、牢口や牢門と呼ばれている奇観だ。幸いにも、神流川から円岩に向かって延びる林道を白水の滝方面に入ればその奇観が今でも見られるようだ。参考リンク2はその反対側の叶後(小平地)にあった廃屋の民家から眺めたキレットで、貴重な写真だ。

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佐藤 節氏著 「西上州の山と峠」の表紙

在りし日の叶山が水彩で描かれている

これも神ヶ原側から眺めたもの

「奥多野の自然」の表紙は神流川床からだが、

この絵はやや高いところ(城山あたり)からの眺めと思われる

右端の小ピークはP704と思われる

 

 

さて、在りし日の叶山はどんな姿だったのだろうか。上の地図の等高線からでもある程度想像はできるが、実際の姿を見たいと言う気持ちはおさまらない。そこでヒントになるのが、佐藤 節氏著 「西上州の山と峠」の表紙の絵だ。これは神ヶ原側からのやや高いところからの眺めだろう。右端にp704らしきピークが描かれている。また、みやま文庫の「奥多野の自然」の表紙写真には、神ヶ原の神流川床付近からの叶山が見られる。これらは叶山の在りし日の姿だ。

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みやま文庫「奥多野の自然」表紙写真

削られる前の神ヶ原からの叶山

手前は神流川

上の写真よりやや下流で撮られている

 

叶山は等高線でもわかるが、標高1106.3mを最高として東に緩やかに高度を下げるが、ほぼ台形状と言える。毛虫マークが山腹を這いまわってることから、側面は急峻な崖や岩壁だ。特に神流川側は急峻だ。東寄りの地形は複雑で、いくつかの岩塔を連ねて、叶後に落ちている。そして巨大なキレット 牢口を境に再び盛り上がり円岩(標高846m)で終わる。ただし、この石灰岩地帯は更に東に延びており、二子岩や白石山を連ねている。

 

ネットを調べるといくつかの写真が出てくる。その一つが参考リンク2の写真だ。昔は叶山は登山の対象であったし、二子山から叶山を眺めながら叶後にも下りられたようだ。参考リンク2では叶山が東西に延びる台形状だったことがよくわかる。

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叶山のお隣の山 二子山

この山も石灰岩の山だ

叶山の東約1.5kmにある名峰

 

我々山屋でなくても、故郷に帰れば懐かしい山が待っていると思うし、昔登った山は今でも登ろうと思えば、昔からの姿で迎えてくれると思っている。しかし叶山は違う。もう昔にはもどれない。この開発が多くの登山者が愛してやまない二子山に届くことが無いよう切に願いたいものだ。

 

 

参考リンク: 

 

 1. 叶山山頂からの二子山

 http://yamatabi.info/yokoyamaq92.html

 

 2. 二子山からの叶山(削られる前の姿) と叶後(貴重な写真)

http://yamatabi.info/yokoyamaq97.html

 

3. 秩父太平洋セメント株式会社 叶山鉱山

http://www.ct-cement.co.jp/2jigyo_kanouyama.html

 

4. 世界最長トンネルベルトコンベヤ輸送方式を基幹とした叶山石灰石鉱山の開発

https://www.jstage.jst.go.jp/article/shigentosozai1953/103/1193/103_1193_417/_pdf

 

 

 

 

 

 

(熊五郎)