耕して天に至る

投稿日 2010年06月18日

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桃源郷とも言われた「蓼沼(たでぬま)」
西上州 大屋山の麓にある集落


 

群馬県の南西部「西上州」という山域は、

 

標高1500mほどの、それほど高くはない山々で構成されているが、

 

山々の谷筋には、小さな村落が多く点在している。

 

林道のような道を分け入るか、山の高みから見下ろさなければその存在に気づかないほどだ。

 

村落の人たちは、わずかで急傾斜、しかも小石だらけの段々畑を耕す。

 

あまりにも急傾斜で、見上げればそれは天を指している。

 

空高く舞う、トンビは、そんな人間の営みをどのように見ているのだろうか。

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西上州 黒滝山の裏にある「上底瀬」の集落



 

「蓼沼」は桃源郷とも言われたらしいが、今は数軒の農家が暮らす、標高約800mの山村だ。

 

この村では、隣家は横ではなく、ずっと上にある。

 

土地が急なため、車の来る道路から家までは、小さなモノレールで荷揚げする。

 

「上底瀬」は、黒滝山の裏手の村で、道の行き止まりである。

 

九十九(つくも)谷上部から見下ろしたこの村は、わずかな台地上の畑を耕している。





 

(熊五郎)

 

コメント(4)

  • 昔は箕を売る人とかが、こうした山奥の村から年に一度やってきたというような物語を読んだことがあります。今はこうして天に届くような畑を耕してだけで生業にしているのでしょうか。それにしても、人はよくまあこんなところにまで住みつくものと驚かされます。 2010/6/18(金) 午後 9:24

  • 東北の旅。熊五郎さん、お早うございます。村落の人たちは、急傾斜のしかも小石だらけの段々畑を耕す。
    急傾斜で見上げれば天を指している。人間の営みをどう見るか…。西日本一帯にも天に届くような段々畑は沢山あります。その昔、戦いに敗れて奥山の険しい山中に遁れた平家の一族郎党が、山や谷を拓き耕し食べ物を得たり、狩りで生活を支えた大切なやまの遺産でしょう。近代でも戦中・戦後の日本の山村では、そんな生活が昭和30年ごろまで続けていたことを思い出します。
    それが今では、平地の田畑が休耕田になり、しかも国から沢山の補助金をもらって平気な農家に変わったのは、真に嘆かわしい限りですね。せっかくの桃源郷紹介に、要らぬ繰り言で申し訳ありません。
    らくがき楽ちん ] 2010/6/19(土) 午前 10:22

  • agewisdomさん、笠地蔵の物語そのものの時代があったのでしょうね。今でも山村を見ると、何で生計を立てているのか不思議なくらいです。お年寄りばかりと言っても、まだそこには人の生活がありますが、里の石仏が草に埋もれる日も、そう遠くはないように思います。(熊五郎) 2010/6/19(土) 午後 0:15

  • らくがき楽ちんさん、ここ群馬は関東です。この西上州は、西隣が長野県です。東北ではありません。(笑) 平家落人の里で有名なのは四国の祖谷が有名ですね。昔、山で暮らし始める事情はいろいろあったとしても、山村で細々と暮らしてゆくというのは、自給自足に近くたいへんな生活だと思いますが、山から得られる恵みはそれ以上のものがあるんでしょうね。我々がそれに気づかないだけかもしれません。(熊五郎) 2010/6/19(土) 午後 0:41