庚申信仰

​投稿日 2020年02月XX日

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平野 実著 「庚申信仰」去り行く野の仏へ捧ぐ

昭和44年1月 (初版) 角川選書12

​写真は第7版 昭和52年4月

この本はもちろん登山とは直接関係はありません。しかし登山を楽しむ人は、どうしても路傍の石仏や石塔に目がとまるのではないでしょうか。石仏や石塔といっても、道祖神や賽神、馬頭観音、地蔵、月待塔、塔婆、庚申塔など多種多様です。宅地開発などで序所に失われていくそれらの石仏たちですが、そのほとんどは放置されている中で、たまに花が供えられているものもあります。知らぬ顔で通り過ぎず、少しでも石仏をそこに置いた人たちの気持ちになって拝んでみるのも必要ではないでしょうか。

 

多種多様な石仏ですが、それらそれぞれに研究された書物はあるようです。その多くは比較的高価な学術書ですが、この「庚申信仰」は、文庫本として発刊された手ごろな本です。読んでみると難しい表現はなくすらすら読めます。日本に千年以上続く庚申という風習。路傍にこれほど多く庚申塔を残した民の精神とはどんなものだったのでしょうか。

山を歩いていると、そのアプローチである山村などでもっとも多く見かけるのは庚申塔です。馬頭観音も多いのですが、馬頭観音は道の分岐や山道脇、峠に多いようです。それは荷馬の通行路と冠消しています。その点庚申は個人、または講中などの団体など、庶民によって古くから信仰されている日本独特の風習ですから、庚申塔は村内や町角、道路傍などに多いようです。その歴史は古く千年以上前の平安時代から、最初は宮中などで始まり、除々に民衆に落ちてきたものとのこと。その流れの中で庚申塔は最初塔婆の形をしていたものが、室町、江戸へと時代が代わって庚申塔の形をとり、やがて青面金剛が庚申の本尊となりました。そういえば近くのお寺にもいかめしい顔をした青面金剛が邪気を踏みつけて立っていますね。

歳月によってやがては朽ち果てていく運命のこれらの石仏や石塔ですが、それらを建立した人たちの思いを胸に、大事にしていきたいものです。

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(熊五郎)